2009年4月14日火曜日

2009/04/08

ローマ 1:18-32

S: ローマ 1:21
それゆえ、彼らは神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなりました。
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O:  この節全体が、まるで現代の社会を描写しているかのようです!自然文明には、必ず神の概念が付随していますが、無神論主義は近年の産物です。しかし、始 まりから、人間は、経験を無視し、神を否定しています。神を創造主として認めることに伴う義務責任を、人間は望まないからです。この傾向は、最近、ますま す目立って、ピークにさしかかろうとしています。だからこそ、私たちが最後の時になるように思えてくるのでしょう。今日の節の基本的なポイントは、神様へ の礼拝をしなかったこと、神に感謝をしなかったことです。パウロは、神に感謝しない人達を終わりの日にまつわり、話しています(2テモテ3)。神に感謝し ないそうした考えは、現在も、蔓延しています。公平さを欠く権利が、至る所で見受けられます。現在の経済状況悪化に対する怒りは、そこから来ています。経 済的に到底、無理であるのに、アメリカ人は住宅を購入しました。そして、住宅を取り上げられ、彼らは激怒しているのです!この節に書いてあるような、道義 的な崩壊が沢山あることは、強いて探すまでもないでしょう。

A: 彼らが、 そうしたことに取り組んでいるのは、ある意味で良く思えますが、それは神様が私たちに望んでおられることではありません。自分がどれほど怒っているかを、 逐一報告してくる友人がいます。そのために私は時間を無駄にし、主が私に下さった仕事をする妨げになっています。私は、先ず何よりも、あらゆる領域で、あ らゆる瞬間も、神様に、常に正しく感謝しているべきです。聖なる喜びある人生が可能だと、私自身が示し、周囲の方々にも、喜びある生き方に加わっていほし いのです。欺かれた人のために、私は誠実に祈りますが、彼らの神への不敬によって、私の平安を喜びが奪われないようにします。

P:  お父様。このような状況のさ中でも、あなたの平安を分からせて下さり感謝します。たとえ、周囲の社会がサタンの悪意にあっても、あなたとともに喜びと平 安を持っていられるように助けて下さい。そして、他の方々が希望を与えられ、混乱を避け、あなたが彼らにご用意さなった全てを彼らが受け取れますように。 どうか、私が信頼と希望、宝をこの世に置くのではなく、あなたに置けますように。あなたが私に下さる全てを頂けますように。あなたのご栄光のために。感謝 します。ハレルヤ!

2009年4月11日土曜日

2009/04/07

ローマ 1:8-17

S: ローマ 1:16
私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。

O: これは、とても有名な一節です。福音を伝える話し方によっては、恥と思われる人もいるでしょう。しかし、イエスだけが救いの道であり、他の全ての宗教は嘘 であり、地獄へと向かうと言うことは、今は「政治的に正し」くないのです。かと言って、故意に挑発的であったり、攻撃的である必要はありません。時には挑 発が必要でしょう。それは、挑発されることで、長い間、見過ごしてきた問題に気づけるからです。しかし、私達は言うまでもなく攻撃的であってはならない と、聖書ははっきりと教えています。そして、迫害に対処できない人の殆どは、イエスが御父にいたる唯一の道であり(ヨハネ14:6)、福音が神様の御ちか らであるのを、信じていないかのように振舞います。それでは世に勝つことなどできません!現在アメリカは、本物のクリスチャンと、個人的な信仰の基礎を持 たない単なるうわべだけのクリスチャンに分かれる社会です。救われるために、深い神学的知識など要りません。必要なのは、罪の自覚とキリストに個人的に献 身することです。

A:  正直に言って、「O]の項目の3文目を書くのは、少しショッキングでした。イエスが救いのただ一つの道であり、他の全ての宗教は偽りで地獄へと向かう、 の部分です。いくら私が信じていても、白黒はっきりと言葉にするのは、少し攻撃的に思われるでしょう。私も他の全ての人と同じく、社会の一部分であるので す!だからこそ、福音を大胆に明確に公言し、サタンによって私が眠らされないようにするためです。「眠らせる」の表現が、安楽死と麻酔に使われるのは偶然 ではありません!サタンはできるだけ多くの人を地獄に連れて行きたいのです。ですから、私は目を覚まし、気をつけているべきです。信者にも、そうであるよ うに励まします。多くの人を一緒に天国に連れて行くためです。

P:  お父様。このことを思い出させて下さり有り難うございます。老人施設でS婦人が伝道よりも、人とうまくいく関係を優先したのを知って、昨日、私は少し悲 しくなりました。けれども、私が彼女を裁くことはできません。私も多くの状況で同様だったからです。私の社会的な立場よりも、あなたと周囲の人々を、より 愛せるように助けて下さい。これは、どうやら、やや危険な内容の祈りのようです!人々は、あなたの愛を必要としています。私が彼らを愛し、彼らがあなたへ の愛に直面できますように。そして、その愛を分かち合えますように。私は確かに及び腰の面があります。福音のために、たじろぐことにないよう助けて下さい。人々をキリストへと向かわせるためです。感謝します。神様を賛美します!

2009年4月9日木曜日

2009/04/06

使徒 27:13-26

S: 使徒 27:25
「ですから、皆さん。元気を出しなさい。すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています。」

O:  この時、パウロは神様が告げられた通りになると知って、切り抜けました。神様の告げられる言葉は、しばしば、時間的枠組みにおいて、具体的ではありませ んが、今日の御言葉は明確です。そして、パウロは、神様の御言葉に添って直ちに行動する準備を整えていました。彼は神様を信頼し、周囲の人に大胆に公言し ましたが、それは、ことの結果に拘わらず、パウロ自身が愚かに見えても厭わない覚悟を持っていました。

A:  私は、時間的に具体的な言葉を、多く頂いてはいませんが、だからと言って、それで、告げられた言葉に大胆に従わなくて良いというわけではありません。大 村のために頂いたビジョンは、本当に大きいものです。ですから、そのビジョンを公言するだけではなく、火急に行動すべきでしょう。それは、私の話、生活態 度に多く関わっているので、私がどう変わるべきかに、聖霊様に示していただきたいのです。数年前、この教会が変わるためには、私自身が変わらなくてはなら ないとElisha Satvinderさんに言われました。それ以来、私は本当に変わったと感じています。そして、感謝もしています。しかし、全てが神様の時宜に叶って起こ るために、私の快適のためにではなく、神様からの課題を積極的に求めていくべきなのです。

P: お父様。あなたがこれまでなさったこと、また、今なさっていることに感謝します。人が見ている所だけではなく、あなただけが見ておられる心の内面でさえも、忠実であるように助けて下さい。完全にあなたを信頼して行動できますように。私の人生のどのようなことにでも、あらゆる細部に至るまで、あなたの御言葉を実行できますように。そして、私を通してあなたのご計画と目的が成就され、あなたに御栄光が帰せられますように。有り難うございます。ハレルヤ!

2009/04/05

使徒 26:9-23

S: 使徒 26:17-18
「わ たしは、この民と異邦人との中からあなたを救い出し、彼らのところに遣わす。それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、 わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。」

O:  パウロは神様から任命された言葉を繰り返していますが、幾つかの興味深い点が見られます。まず、パウロが、民と異邦人の中から救い出され、彼らのところ に遣わされたことです。これは、「彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく悪い者から守って下さるようにお願いします。」(ヨハネ 17:15)という、まさしくイエスが十字架にかかる前の言葉です。これは、修道院制度に見られる問題ですが、もし、私たちが世にいなければ、世の塩であ り、光であることはできません。あとは、福音に奉仕する者の仕事です。つまり、人々が暗闇にいるだけでなく、光の存在に気づくように、人々の目を開かせる ことです。サタンを拒み、神を選ぶためです。罪を赦され聖くなり、神の御国を受け継ぐためです。その深さ、広さは、終生かけて探し求める以上です。しか し、嬉しいことに、私たちにはその永遠があるのです!ミニストリーに携わる者が疲れ果てた時は、この節を思うとよいでしょう。確かに、ミニストリーの仕事 は、人間の努力と能力を超えたものですが、その力は私たちにあるのではなく、神様のお力から来るのです。そして、その仕事をさせて頂く特権は、表現できな いほど栄光があります。

A:  私は、この節を、時間をかけて熟考したいものです!私という存在の細部にいたり、神様に入り込んでいただきたいのです。そして、私に沁み込んだ神様が、 私を通して放たれて欲しいのです。私の焦点がはっきりと定まっている時もあれば、そうでない時もあります。フォーカスが大切なのは、写真家としてよく知っ ています!人や人の意見を恐れてはいけません。ただ、一人でも多くの人が闇から光へと移行できるために、どんな危険をも顧みないでいたいのです。

P:  お父様。長くミニストリーをすればするほどに、私が自分では誰も救えないことを、ますます気づかされます。救いのため、あなたの働き手となれた特権に感 謝します。私を、もっともっと用いて下さい。沢山の大村の方が御国の市民と変えら、全てを受け取るためです。彼らの救いとあなたの御栄光のために。有り難 うございます。ハレルヤ!

2009/04/04

使徒 18:1-11

S: 使徒 18:9-10
ある夜、主は幻によってパウロに、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから」と言われた。

S: 主がこのように語られ、パウロは少しは怖かったにちがいないでしょう。私たちは、「古い聖人」には全く恐れがなく、信仰に堅く立っていたと思いがちです が、聖書を注意深く読むと、そうでなかったことが分かります。パウロがもし、黙ろうとしなかったならば、主はパウロに語り続けるようには言われなかったで しょう。語らないパウロは思いつきません!この節が、明確に教えているのは、何でもご存知の神様は私達の怖れや弱さを憐れんでくださることです。そして、 私たちがいる場所で、会って下さることです。神様は私たちを用いる前に、完璧を求めてはおられません。むしろ、神様の御心に従えるように完璧にして下さる のです。そして、それが、私達の快適な範囲や能力を超える時もあります。

A:  私にとって個人的には、神様の「この町には、わたしの民がたくさんいるから」という御言葉が特に真実味を帯びています。大村で、神様に触れられ、召しを 受けた全ての方が、この教会に来ると、私は何年にもわたって感じています。現在の建物と組織では、彼らが入るのは無理でしょう。しかし、その彼らが誰であ るか、私は殆ど知りません。ですから、イエスがすでに取り扱っておられる人々を連れて来てくださることを信頼しながら、私は出会う全ての人に大胆に一貫し てキリストへと導いていきたいと思います。私は、パウロや他国の兄弟姉妹が受けるような物理的なことは恐れていません。ただ、失敗することには怖れを感じ ています。愚かに見えないか、という恐れもあります。それらは、窓の外に放り捨てるべきです!そうした怖れを持つこと自体、私が神様の愛を十分に知らず、 信頼していないことの証明です。なぜなら、完全な愛は全ての怖れを取り去るからです。(1ヨハネ4:18)

P:  お父様。優しく諭して下さり有り難うございます。私がいつもしっかりと信仰を持っているように助けて下さい。あなたが与えて下さった仕事から、引き下 がったり、諦めることがありませんように。何らかの理由で去った多くの迷える羊を連れ戻し、大きな収穫があることを私は望んでいます。この教会に適切に身 を置いている様々な人々を有り難うございます。お父様。あなたがこの教会に、そしてこの教会を通してなさっていることを私はあまり想像できません。どう か、私が従順で、恐れで怯むことなく、怠惰でもありませんように。あなたの時宜に叶って、御心がなされますように。あなたのご栄光のために。感謝します。 神様を賛美します!

2009/04/03

使徒 16:6-15

S: 使徒 16:9, 14
ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願するのであった。テアテラ市 の紫布の商人で、神を敬う、ルデヤという女が聞いていたが、主は彼女の心を開いて、パウロの語ることを心を留めるようにされた。

O: 幻は、修辞的と言えるでしょう。文字通りの時もありますが、殆どの場合、そうではありません。エゼキ エルが見た谷間の干からびた骨を思い出します。ここでは、パウロがマケドニヤの男が(日本語訳では性別は書かれていません)、助けを求める幻を見ていま す。しかし、最初に回心したのは、女性の方でした。マケドニヤ出身ではなかったのに、です!それでも、幻は目的を成就しました。つまり、パウロと仲間は、 アジアに留まるより、むしろ、ヨーロッパの方角へと向かったのです。神様は私たちに目的をもって幻を見せてくださいますが、幻より、神様に対して、しっか りと心を留めているべきです。私たちはイエス様に、しっかりと留まっていましょう。そして、イエス様から頂いたものは全て手を広げて受け取るべきです。た とえ、幻であっても、能力であっても、何であってもです。与えられたものだけに固執していては、下さった神様の目的から切り離されてしまいます。

A:  私は、これと反対の経験を28年前にしています。日本に戻り、プロカメラマンとなることを諦めたことがことがあります。その後に、神様が私を日本に連れ て来て下さったスピードは、今でも興味深いほどです。しかし、実際、私は20年以上、カメラマンとしてのブランクがありました。主は、この時点で私に写真 家としての立て直しを図って下さっているようです。私は、もう心配はしていません。焦点は神様です。写真ではありません。さらに、神様は大村がクリスチャ ン都市になるビジョンを与えて下さっています。大村は日本がクリスチャン国家になる先導となるのです。神様が、どのようにその御業を見せて下さるかは、私 には謎です。だからこそ、ビジョンをそのまま受けるというより、むしろ、神様にぴったりとしがみついているのです。

P:  お父様。あなたが私に持っておられる、ビジョンと夢が分かるように助けて下さい。けれども、私は夢やビジョンより、あなたから離れたくないのです。あな たが示して下さる全てに私が忠実でありますように。そして、あなたが私に全てを見せて下さったと思うことがありませんように。あなたが信者に持っておられ る夢とビジョンを彼らが分かるように、私が励ましていけますように。信者が手を広げ受け取れますように。あなたのビジョンを、私達の力で成し遂げようなど と思うことがありませんように。あなたの御手にあって、忠実な使い手でありますように。そして、私たちを通して、あなたが成就させて下さい。あなたのご栄 光のために。感謝します。ハレルヤ!

2009年4月6日月曜日

2009/04/02

使徒 12:1-17

S: 使徒 12:16
しかし、ペテロはたたき続けていた。彼らが門をあけると、そこにペテロがいたので、非常に驚いた。

O: 私たちと同じように、一世紀の信者たちも、神様が祈りを聞き入れて下さるかどうか信じられない時がありましたが、それを知って落ち着きます。当時、彼らが どのくらい祈っていたかは定かではありません。恐らくは、特定のシナリオがあって、何が起こるか正確に、詳しく、想像したり、祈ってはいなかったでしょ う。しかし、少なくとも、ただ単に神様のご栄光のために、み心がなされるように、祈った人もいたはずです。そして、実際に、そうした祈りは実現したことで しょう。もし、私たちが自分の想像や欲求を捨て、神様のなさることに焦点を合わせるならば、必ず、望んでいた以上のことが起こります。具体的に祈るのがい けないのではありませんし、具体的なことを神様が望んでおられる時もあります。けれども、祈りにおいては、神様に制限を設けるべきではありません。パウロ が言ったように、神様のご計画は「私たちが求め、また思うところの一切をはるかに超えた」(エペソ3:20)ものなのです。

A:  数年前、湊谷じゅんさんと祈っていた時のことを、はっきりと覚えています。主は、人が驚いていることに驚いてはいけないことを、私に語るようにおっしゃ いました。むしろ、神様に大きな期待を持ち、感謝と賛美で受け取るように言われたのです。推論ではありません。私は人の意見を恐れずに、却って、信仰を持 ち、従順であり、神様のご性質とみ力を期待しているべきです。正直なところ、私は神様がこの教会に、大村市に、日本に、何を望んでおられるのか、細かいこ とはわかりません。しかし、それが栄光であることは分かります。ですから、私はその期待を持って生きていきます。

P:  お父様。あなたが今なさっていること全てに感謝します。私が思っていたこととは違っていますが、大変良きことです、私が祈り、信仰に期待しながら行動す るよう助けてください。あなたの制限を設けたり、不信心に陥りませんように。日々、あなたのために働く用を下さり有り難うございます。いつでも、あなたの ために働けますように。特に、私が思いつかない所で働けますように。そして、あなたのご計画が成就し、多く方の救いに至りますように。あなたのご栄光のた めに。有り難うございます。ハレルヤ!