2009年7月2日木曜日

2009/06/28

第2コリント 8:1-12

S: 第2コリント 8:5 そして、私たちの期待以上に、神のみこころに従って、まず自分自身を主にささげ、また、私たちにもゆだねてくれました。

O: リーダーが期待する以上に、信者の方が働いてくれることがあります!ここでパウロが書いていることは、まさに全ての信者がすべきことです。つまり、まず自 分自身を神に捧げ、そして指導者に従うことです。これには、指導者が信頼を乱用すべきではありません。また、大きな責任を負わされることでもあります。し かし、まず神に真に従っているならば、神様は信者を守って下さいます。たとえ、リーダーが不従順であっても、です。リーダーがこの点で失敗するなら、結果 は常にひどいものとなります。そして、そのダメージの程度は、信者が神よりも、まずリーダーにどれほど多く従っていたかに比例します。たとえば、コロラ ド、スプリングで1,2年前に起こったことです。メディアでは派手に取り上げられましたが、殆どダメージはありませんでした。それは、その問題となった教 会の焦点が牧師にではなく、キリストにあったからです。牧師は大変有名な人でしたが。しかし、健全な教会というのは、リーダーの従順さであるヴィジョンの 程度によるでしょう。もし彼らが自身のヴィジョンを持っていて、分かち合っているならば、ヴィジョンを示してくれる人を支え、従うことでしょう。

A: この節から学びたい幾つかのことがあります。一つ目は、この教会の群れに抱 く期待が多くあって良い、ということです。神様は、私だけではなく、彼らを通しても働いておられるのですから、神様が「私たちの願うところ、思うところの 全てを超えて」(エペソ3:20)働いて下さることを信頼すべきでしょう。二つ目は、まずキリストの焦点を合わせ続け、この教会に持っておられるヴィジョ ンをしっかりと見続けていきたいと思います。信者と私の期待は、キリストに基礎をおき、中心とすべきです。それは、神様の御国が私たちを通して、私たちの 中に現わされるためにです。手に負えない信者もいますが、そんな時は私の魂にあるキリスト牧者を見上げていきたいと思います。キリストの率いる羊は私の引 きいるそれより、はるかに優れていることを覚えていたいと思います。そして神を信頼し、自分をも信じていたいのです。

P: お父様。このことを思い出させて下さり有り難うございます。今日、起こって ほしいことが沢山あるのですが、それはあなたに委ねます。私を通して、あなたがみ言葉を持って働いて下さるように祈ります。あなたのご栄光のために良い結 果となりますように。数人の方が今日はよそにおられます。今日は先週の半分くらいの出席となるでしょう。そうした事実にではなく、あなたに目を向けていら れますように。今日も、あなたの御霊を歓迎し、応答します。あなたの時宜にかなって、み心が成就しますように。あなたのご栄光のために。感謝します。神様 を賛美します!

2009/06/27

第2コリント 5:14- 6:2

S:
第2コリント 6:1 私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。

O:  この節には二つの大きな柱となることが書いてあります。先ず、一つ目は私達が神と共に働く者であることです。この考えを、思い上がりだと考える人もいる でしょうが、新約聖書では実に要めである教えです。このように一体となることをイエスは教えていますが(ヨハネ13~17)、人間の理解では不合理に感じ ます。人間には不可能だと思えるのが、その理由の一つです。しかし、聖書全体が主張するように、神にとって不可能は一つもありません。神様が私たちの内に あり、私達が神の内にあるなら、神は全てに働いて下さいます。私たちも神様のみ業の全てに関わっていましょう。そのような見方ができた時、全てが変えられ ます。二つ目の大切なことは、神様の恵みを無駄なく頂くことです。神は被造物、人間全てに恵みを与えておられます。それが、私たちの生活にどうのように関 わってくるかは、私たちの反応にかかっているのです。恵みを当然視するならば、めぐみは消え失せてしまうでしょう。たとえば、神様の恵みによって私たちを 受け入れて下さっていることを理解できないなら、私たちは、互いを受け入れることができないし、神様さえからの恵みも失くしてしまうのです。明日の説教の アイディアが湧いてきそうです!神様の恵みは大き過ぎて無駄にすることなどできません。

A:  私は、長い間、この一つ目の教えを信者に示してきました。そして、この二つ目の教えについて、今日は新たな啓示をいただいたような気がします。ぼんやり とは分かっていましたが、今、はっきりと分かってきました。この真実をうまく人に伝えるには私自身の力と知恵ではできません。ですから、心をもっと開き聖 霊様に助けていただきたいのです。明日の礼拝メッセージについては、悲観的な見方しかできません。しかし、それも私の信仰の欠如を教えてくれるものです。 もし、私のメッセージであるなら、変化など起こるはずもないでしょう。しかし、それが神様の生けるみ言葉であるならば、聖霊の息吹があり、力を注がれるこ とでしょう。そして変えられるのです。私の務めは、神様が私を通して、み心をなさるように、信仰心を篤く持ち、用いられることなのです。

P:  お父様。あなたによって、はっきりと焦点を合わせることができました。有り難うございます。この教会での多くの良いこと、そして多くの変えるべき点があ ります。変えていく過程でたじろぐことがないように、逃げ出すことがないように、助けてください。教え、諫め、励ますことが誠実に行えますように。各信者 と教会全体が満たされ、強められ、いやされ、建て上げられますように。あなたのご栄光のために。感謝します。ハレルヤ!

2009/06/26

第2コリント 4:1-14

S:
第2コリント 4:13 「私は信じた。それゆえに語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語るのです。

O:、ヤコブやその他も人達が教えているように、 真の信仰とは単なる行いだけではなく、語ることです。心から福音を信じ、受け入れるなら、黙っていることなどできません。私たちは天国と地獄が実際にある と知っていますので、キリストの十字架の購いが私たち人類のの罪のためであり、それが十分であったことを知っています。ですから、救いがキリスト以外には ないことを教えずにはいられないのです。そうした信仰は周りの人たちに自ずから示されるものでしょうが、永遠を本当に信じるなら、心地よくとも地獄に至る 道にいる人に,満足できなくなるのです。

A:私がこの境地に至るまでかなりの時間を要しました。 簡単なことではありませ んが、この世から次の世界へと観点を移していくべきでしょう。私は信者伝道の在り方を悲観するのではなく、却って忍耐強く、今日の御言葉のレベルに至るよ う祈っていきます。数人の方から、最近、指摘されたように、私たちの目的は単に未信者を改宗させることではなく、弟子作りをすることです。そしてそれは一 夜にして起こることではありません。私自身も自分の弟子作りをすべきでしょう。そのためには、他の方の弟子作りもまた関わってきます。真の弟子とは教師を 真似ることです。イエス様は弟子の成長のためにご自身を注がれました。弟子とは何であるかを信者に分かってもらうためにも、私は意図して積極的に弟子の育 成をしたいと思います。それによって、信者の心がしっかりと弟子であることに定まってほしいのです。
P: お父様。ここでの信者に感謝します。弟子になることを積極的に求める人がい ること、まだ、そうでない人もいますが、感謝します。両者の方々にうまく私が働くことができるように助けてください。信者が友人を連れてきていること、友 人の救いを憂慮していること、ありがとうございます。訓練を受けたがっている信者、引き下がる人を諌めようとしている信者を、私が指導していけますよう に。私達が全員、あなたの体として働き、あなたのご計画に添って前に進めますように。あなたのご栄光のために。有り難うございます。ハレルヤ!

2009年6月29日月曜日

2009/06/25

第2コリント 1:1-11


S: 第2コリント 1:3-4

私 たちの主イエス・キリストの父なる神、慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださ います。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人を慰めることができるのです。

O: 私はこの節を沢山、引用してきました。この御言葉は英語よりも日本語の方が伝わりやいようです。「慰められる」という言葉が出てきますが、これは通常、感 情、霊的、あるいは身体的な意味で使われる表現なので複雑です。言語的な観点から見るのは別にしても、神様の摂理を知ることこそ大切です。神様が注いで下 さる祝福を受ける最終的な受益者でではありません。誰かに祝福を伝え渡すまでは、真に神様からの祝福を経験することはないといってよいでしょう。救いにつ いても同じことです。人をキリストへ導いて初めて救いの喜びが新たにされるのです。この世にしても、自己的な人間の性質にしても得ることばかりを教えたが りますが、それは与えられるものに限りがあると信じ込んでいるからです。けれども、神様の恵みと祝福は限りなく与えられるものです。恵みも祝福も際限なく 与えてくださいます。一旦、これが分かったならば、何かにしがみつくことはなく、恵みが私たちを通してあふれ出ることでしょう。その結果は夢に見る以上の ものでしょう。神様にしたがうならば、神様が無駄にされるもの何もありません。苦しみさえもそうです。神様こそが、究極のリサイクルをなさってくださるお 方なのです。

A:  これまでこの説を何度も引用してきましたが、果たして私自身はどのように応用してきたでしょうか。昨日、悲しみにある人から助けを求められたのですが、 話をしている間に真実を持って返答できたことは祝福でした。聖霊様が私を通して働いて下さるよう心を開いていたいと思います。私や私がミニストリーをして いる人々に、必要に応じて与えて下さる神を信頼して行きたいと思います。

P:  お父様。私たちにして下さっていること全てに感謝します。昨夜の祈祷会と、そのあとの話し合いが持てたことを感謝します。あなたは教会全体、そして各自 の必要を御存じです。愛、慰め、励ましに満ち、あなたの愛を流す器となるために、一人一人が心を開きますように。あなたみ心が私たちの内に成就し、栄光が 帰せられますように。有り難うございます。ハレルヤ!

2009/06/24

第1コリント 15:1-11

S:
第1コリント 15:2 また、もしあなたがたがよく考えないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。

O: このみ言葉のギリシャ語版を、今一度調べてみたいと思います。私には聞きなれた御言葉でしっかり意味が通じるのですが、どういうわけか日本語訳は英語訳と は異なっているからです。英訳では、「そうでなければ、あなた方の信仰は虚しいものです。」となっていて、つまり、うまくいかないことを意味しています。 一方、日本語訳では、「もし、あなた方がよく考えないで信じたのでないなら」となっています。私には、納得がいきます。私たちは人の言葉で判断しますが、 それが主観に基づくものだからです。(もっとも、行いの方が断然、言葉に勝るのですが)。それでも、やはり口頭で同意を示すことの方がたやすいのです。よ く考えないで、イエス・キリストの福音を信じた時にも言えることです。人生の荒波にある時。浅い信仰では立ち向かえません!イエスはこのことを教えるため に、種まきのたとえを用いています。固い岩に落ちた種は深く根つくことができません。困難にあって、そうした「信者」はすぐに立ち枯れてしまうのです。

A:  このことを心に覚え、子供のように無心な信仰を持つためにも均衡を保っていたいと思います。子供にバプテスマを授けるべきではないと言う人が大勢いま す。そう主張する人たちは問題をよく捉えていないのです。彼らの論法でいくと、誰も結婚もできないし、子どもを持つこともできないことになります。これか ら起こることを全て知ることは、誰にもできないのですから。結婚と同じように、福音の理解について「よく考え」ることは必要でしょう。終生の献身をするの ですから。困難な時に引き下がるべきではありません。(最近は離婚が安易にされていますが、この問題は私のミニストリーでも難しいことの一つです。)です から、信仰について今一度、考えなおし、新たにするように励ましていきたいと思います。彼らがたやすく悪魔に足元を掬われないでほしいのです。


P:お父様。私にして下さっている全てに感謝します。昨日のことを感謝します。攻撃があり、勝利があり、私たちに必要な恵みが与えられていることを感謝します。今朝、はっきりとした感覚で分かりました。もっとも、全てを分かっていると
は 言い難いのですが。熱心さを新たにして下さり、目的を感じさせて下さり有り難うございます。今朝、これから精神病院にミニストリーに行きます。私が患者さ んたちを解放し、癒す働きができるように助けてください。7月の聖書日課を作りますが、どうぞ、私を導き油を注いでください。聖書日課を読む人たちが適切 な時に、適切な内容の御言葉を取り入れることができますように。看護学校のテスト採点と次のテスト問題作成をしなくてはいけません。どうぞ知恵を与えてく ださい。あなたに感謝し、私の内におられる御霊に感謝し、心から深く意識していられますように。あなたの時宜にかなって目的が成就しますように。あなたの ご栄光のために。有り難うございます。神様を賛美します!

2009/06/23

ローマ 15:14-21

S: ローマ 15:14
私の兄弟たちよ。あなたがた自身が善意にあふれ、、すべての知恵に満たされ、また互いに訓戒しあうことができることを、この私は確信しています。

O: 全ての牧師、教会リーダーは、神様が群れのためになさったことに信頼しなくてはいけません。さもなくば、リーダーは不安と間違いに苛まれ、教会成長は望め なくなります。これは、リーダーが群れを率いるのを怠って良いという意味ではなく、最終的には人間に力だけではできないことを知ってほしいのです。信者が 正しい行動をとっていないと思われ、信頼されないならば、確信を持てず、結局はリーダーに全てを任せてしまうことになります。言葉においても、手本を示す ことにおいても、確固としているべきです。それには勿論、御言葉を読む訓練、聞くこと、そして聖霊様に従うことも含まれます。パウロは信者同士で互いに諌 めるべきだと教えていますが、興味深いことです。今日の教会は諌めることを殆どしません。しかし、それでは地方の教会はまとまりがなくなるか、クリスチャ ンとは名ばかりの存在になってしまいます。

A: 私はこの点でかなり苦労を強いられています。日本社会は一世紀のギリシャ、ローマ社会のようであり、だからと言って私が言い訳をしてはいけないでしょう。 上に書いたように、言葉と行いにおいて勤勉に教えていきたいと思います。しかし、教会全体を私一人で担うのはできません。人々を訓練し、彼らが問題を託 し、信頼するように指導したいと考えています。現実的にも、論理的にも、キリストが教会のかしらであることを心に留めておくべきです。ですから、教会はキ リストが聖霊様によって働き、建て上げて下さることでしょう。

P:  お父様。私と家内が経験したより、もっと明るさまに拒絶、締め出しをされています。この問題を明白に示して下さり感謝します。あなたは問題をそのままに して置かれないお方ですから感謝します。私達がこの問題、一つ一つの問題に対処できるように助けてください。あなた御霊に心から従い、愛を持って行えます ように。私達が、愛と恵みのご性質であるキリストの体となれますように。「主の愛が、今、触れ、あなたを包む」という歌のようになりますように。一人で荷 を負うことなく、勤勉であるように助けてください。この教会に持っておられるあなたのご計画と目的が、時宜にかなって成就しますように。あなたのご栄光の ために。有り難うございます。ハレルヤ!

2009/06/22

ローマ 12:1-8

S: ローマ 12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

O:  もう何度も教えてきた聖句で大変有名な章です。今更、デボーションで引用するのも、くどいかとは思ったほどです。しかし、当たり前のように思わせるほ ど、悪魔が巧みに用いることでもあります。気をつけていましょう。私は英語の語順に慣れきっていますので、日本語で読むと、再認識し新鮮に感じます。前半 の文は同じで、大変重要な箇所でもあります。さて、最近の心理学実験でも明らかなように、私たちは周囲に合わせようとしがちです。実験の結果は、周囲の意 見によって目標の見方が変わっていくという驚くべきものでした。真実は実に単純です。私たちにはできないのです。ですから、神の真実の基準に立ち、人に迎 合するために私たちは見方を変えなくとも良いのです。絶対的な真実はないと主張する相対主義の人は激怒するでしょう。多くのアメリカ人がそうした見方をし ています。これほど危険な考え、これほど誤った見方はありません。後半の文は、日英で若干、意味が異なっているようです。NIVでは「変えられる」が、日 本語訳では「自身を変える」となっています。私たちは積極的に神を求める責任があります。ただ事が起こるのをじっと待っているのはよくありません。

A:  この二つは牧師にとって常に悩まされるところです。しかし、私は決して諦めたり屈したりしません。私自身もこの世に調子を合わせているのでしょうか!御 言葉の真実にしっかり立つように信者を励まし続けたいと思います。「みんながやっているから」と彼らが言うなら真実に照らし合わせ、大衆に合わせないよう にしていきます。また、信者が積極的に神を求めるよう励まし、常に神を第一義におき、心と思いとスケジュールを神優先するように教えたいのです。もっと も、この最後のスケジュールが一番難しいことではありますが。

P:  お父様。この節を表すために私が良い手本となるように助けてください。不可能はないことを信者に分かってもらいたいのです。悪魔や世間は、聖書は良さそ うだが、実現不可能だと思わせ惑わします。Fさんのご家族に関わることができ、感銘を与えることができたことを感謝します。昨日、早朝Mさん亡くなり、私 はひどく驚いています。葬儀の日時を明確にして下り有り難うございます。ご家族に対し、あなたの代表として働き続けることができます。彼女の信仰は、まだ 未熟ではありましたが、彼女のお母さんの心が動いたことを感謝します。お母さんが、このままあなたに導びかれ受け入れますように。Mさんの救いと、ひいて はご家族の方の救いとなるよう祈ります。あなたのご栄光のために。有り難うございます。神様を賛美します!